新潟魅力探訪 新発田編(1)
この度は、山ネタでは無く、新潟魅力発見PR編。
所属しているNPO法人の行事の一環なのです。
(*写真は、全てクリックで拡大 )
目的地 新潟県 新発田市
6月15日(木) 曇
小型観光バスで理事長以下、男女24名の参加。
R7号新・新バイパス経由、約30分も乗れば、新発田市に到着。
先ず、最初の訪問地は、五十野公園(いじみのこうえん)。
ここでは、6/13(火)~7/2(日)迄、
しばた あやめまつり が始まっているのです。
日本四大あやめ(花菖蒲)園として、1.8ha.の広大な山裾に、遅咲き、早咲きの、あやめが、300品種、60万本植えられています。
我グループのほかに,月岡温泉のHOTELの送迎バスも2台、無論個人のグループも…
雪洞(ぼんぼり)が立てられた、遊歩道に沿って進み、目的のあやめ園に向かいますが…
何処見ても、ピンクや、白や、黄色や、紫の花が、…
ン・ン!!見えませ~ん。。
地元の関係者の話では、今年は雪が遅く迄残り、その影響で開花時期が遅れている由。残念です。
因みに 現在は、満開状態で、夜は、蛍も舞っているようです。
ジィ~ジは、確か3度目。 一見の価値有り お薦め です。
自然の力には、到底敵いません。
残念ながら次の目的地へ。。。
新発田市は、過って、慶長3年(1598)溝口秀勝公が加賀大聖寺より入封、以来明治維新迄、12代に渡り、10万石の城下町として発展してきました。
次は、新発田城です。
旧二の丸隅櫓 (国重文) 表門 (国重文)
新発田城
周囲は、自然の要害として水田開発をさせない湿地で、其の為、 あやめが沢山咲いていたと言う事で、
別名『菖蒲城』また大雨になると水面に浮かんで見えるところか ら『浮船城』とも呼ばれた。
城壁は、雪国らしく海鼠塀を取り入れ。
石垣は
<切り込みはぎ>と呼ばれ、以前の<野面積み>と異なり、石の表面を平に整形更に、特に角は、
<算木積み>→2個の石の上に1個更に、上段は2個…(繰り返し) の工法が採られ、目地が隙間無く、且つ堅固に、綺麗な石垣となっており、全国でも稀なものと評価されているとの由。。
明治5年まで、本丸(三階櫓)、二の丸、三の丸等櫓が11棟、門が5棟残っていたが、二の丸と表門を残し、新政府の命で、取り壊され、大部分は陸軍省の管轄になり、昭和28年4月から陸上自衛隊の駐屯地となり、現在に至っています。
平成10年から、溝口公入封400年記念事業として、
屋根が、丁字型入母屋、つまり破風が三方向で珍しい三匹の鯱を冠した、本丸三階櫓と、
辰巳櫓を古文書、絵図、発掘調査など元に、史実に基づく伝統木造工法で復元。
平成16年6月に完成し。
辰巳櫓は、一般公開され、内部に関係書類など展示、更に説明員が丁寧にGuideしてくれています。
文化庁より予算援助事業。
* 本丸三階櫓は、国(財務省管理) 自衛隊などの関係で非公開。
詳しくは、コチラをクリック 新発田城復元の会
勉強になります。
*堀部安兵衛は、藩祖秀勝公の曾孫に当たると謂われ、たまたま父の中山弥治右衛門が、辰巳櫓番の折、辰巳櫓で火災発生、責を取り失職し浪人となる。その後、お家再興の為、江戸へ出て、有名な 高田馬場の仇討ち 等を経て、堀部家の養子となり、のちの赤穂義士として著名
◎新発田城は、見学無料 歴史的資料豊富。是非 是非
段々 空腹を覚えてきましたが、昼前に城の近くへ、もう一箇所です。
続く…
付) 美人になれる温泉 月岡温泉へも、どうぞ!!
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