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2011年3月

2011年3月31日 (木)

Volunteer?

東日本大震災で、新潟県にも被災地地域、また原発事故避難地域から
1万人近い人たちが毎日不自由な思いをされながら避難生活を余儀なぐされ、
誠にお気の毒でなりません。

ジィ~ジが住む新潟市でも避難施設として解放された公共施設などに、
凡そ1000人ほど避難されています。

現地へ行ってお手伝いできるほどのパワーも無く、せめて何かできることは?

P3240038                  避難生活の様子 ①

P3240040                  避難生活の様子 ②

P3240041                 避難生活の様子 ③

上記の写真は、何れもジィ~ジが住まいする新潟市西区の西スポーツセンター
{コスポ}です。

地元の社会福祉協議会がVolunteer受付をし、また避難者の直接窓口は
新潟市の職員が担当しています。

ジィ~ジと相方、Volunteer登録。作業内容は
3月23日~25日 
◎ 作業内容⇒お昼弁当配布
玄関から業者搬入の弁当を一旦集積場へ、更に弁当配布コーナーへ搬送。
弁当手渡し、約1時間後、弁当の後片付け *ごみ分別収集に基づいて

◎ 衣料品、タオル他仕訳
救援物資を仕訳し、段ボールに梱包。

現在30日31日時点では、Volunteer志願者があまりにも多く、登録をしても
作業が無いので断っているとか…
また衣料品も余っているから受付していないとか…

市職員も、社会福祉協議会も慣れない仕事を懸命に務めているのに
文句を言うようで甚だ恐縮なのですが、今回考えさせられたり事も多少!
「お前は何様のつもりだ!分かっても居ないのに偉そうに!」とか叱責も
受けそうだが、敢えて自分の思いや提言をしたく・・・

新潟市の対応について
3日間通って気になったことの最大Point 毎日職員が交代している。

(それぞれ本来の仕事を持ちながら駆り出されているのは想像に難くは無いが
せめて一人だけでも専任者をつけるべきではなかろうか!?)

見ていると被災者の方たちへの対応がバラバラ或いは都度、関係方面へ
電話して聞いたり、たとえば入浴券は何処に有るかも分からない。
手配している弁当も、無論足りなければ問題であるが、ジィ~ジが担当した
日のお昼は結果的に100個ほど余った。市の職員によれば必要数の統計を
採っているというが、余れば全て廃棄。これ以上の無駄が有るだろうか?
何のためにデーターを取っているのか?また発注は誰が担当しているのか?
悪い言い方かもしれないが、お役所仕事 費用は全て他人の金
常駐責任者を一人置くだけでもかなり無駄が省け改善されると思われる。

社会福祉協議会の対応について
Volunteerの仕事は弁当配布や救援物資の仕分け程度だけ?

長期にわたる避難生活の為、救援物資の仕訳をしているようだが、
何かチグハグ。
一体!避難者の切実な声を聴いているのだろうか?

たまたま我が家が、避難されている方に「何かお困りのことありませんか?」と
お聞きすれば、「身の回りの整理をしたい」とのこと。
直ぐに家へ戻り、買い物袋や布の大きな袋を十数枚持って行ったところ、
あっと言う間に捌けてしまったのです。
もらい物の未使用のタオルも同様です。
(救援仕訳品の中にタオルも多量に!でも段ボールの中。一体何時放出?)

又、或る方から「ズボンの裾上げしてほしいけど、車が無いし、土地勘も無いし
出来れば針と糸も有れば・・」
早速我が家は、そのズボンを預かり、近くのお店に事情説明したところ
快く無料で裾上げもしてくれ、依頼された方にお届け、大変感謝されたのです。

我が自治会に所属する青少年育成協議会のGさんは、学童の父兄に呼びかけ
子供用のズックなど内履きを数十足集め、並べたところ、これまた瞬時にして
捌けたのです。

この他、避難された方々にとっては医療機関への通院の問題も多く有るようで、
病院へのタクシー代が目に上がるという要望も大です。
タクシー業界の邪魔になるとか、或いは白タク紛いの行為を行政サイトは
気にするのでしょうが、純粋に車を出して手伝いをしたいと思っている善意の
市民も大勢いるのです。

避難所の掃除も必要でしょう。

折角Volunteerを志す市民にとっても仕事を与えるべきでは!
仕事など幾らも有るはずです。
どうもボンクラ頭のジィ~ジには社協の対応には些か納得できません。

今は形式にとらわれることなく、復興と援助に一丸となるべきではないだろうか?
社会福祉協議会は本来生活弱者や地域住民の福祉に携わる仕事。
もう少し幅広く被災者の方々からの要望を組み入れ、対応すべきかな・・・と。

又 嫌~なジジィと呼ばれそう!!!

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2011年3月28日 (月)

春の花を求めて・・・

家でTVを見て、大震災の被災地の様子や、大勢の関係者や自衛隊、消防隊の
現場での奮闘も、次々と新しい問題発生で事態収束の目途さえ立たぬ原発事故。

そんな中、何も出来ない自分が疎ましくもなり、せめて少しでも心和む情景でも・・と。

例年であれば、丁度盛りに向かうはずの角田山の雪割草(オオミスソウ)
今年は、近年稀なる積雪量で未だ山頂近くから残雪もたっぷり。

それでも今年初めての雪割草に出会えたジィ~ジです。

3月20日(日) 晴
11時少し前、角田浜の駐車場に車を止めてスタート。

林道の脇にはネコノメソウくらい。。。。。。
それでもゆっくり歩いて20分強。今年初めて!
P3200005                オオミスミソウ    ①

P3200007                 ナニワズ

そして多く見られたのは
P3200009                 キクバオウレン

P3200010                 オオミスミソウ   ②

P3200012               オオミスミソウ   ③

P10207471               オオミスミソウ    ④

P1020742                 春は マンサク!

12時08分 角田山山頂

P3200026                      角田山山頂

数日前の雪もかなり解けたものの今の時期にしては珍しくまだ数十㎝の残雪。
避難小屋<健養亭>覗いてみれば、丁度お昼時、見知ったお顔も3,4人、
中は満員で湯気もうもう 
我が家はもとより即、下山の予定。小屋を後にします。

帰りは一寸お隣のコースの花開花状況チェック。

P3200027               オオミスミソウ    ⑤

オオミスミソウ 雪割草の株の様子は↓な感じ。

P3200029_2               雪割草の株はこんな感じで点在

P3200032              オオミスミソウ    ⑥

P3200033                オオミスミソウ   ⑦

登山道が荒らされたのか?気象条件が悪いのか?以前と比べて随分
減ってきた感じ否めません。

P3200036                   角田岬灯台と角田浜

今年初めて雪割草見ることができたものの、全体的に少し寂しい様子。
それでも漸く、越後にも春が到来?

雪の下でジィ~っと耐え、やがて満を持し一斉に先出し春告げる雪割草!
暖かな柔らかな春を感じてもらいたいものです。

震災被災地にも春の兆しと少しでも早き復興を祈念したいものです。

ジィ~ジ 角田山 23-9 (完)

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2011年3月25日 (金)

逃避行?角田山

東日本大震災 懸命に復興に向けて立ち上がった被災者の皆さん。
そして自衛隊・消防署・医療団はじめ救助応援の皆様のご奮闘には
頭が下がります。
一方ではあまりの被害の大きさで尊い命を落とされた犠牲者の数さえ
未だ定かでは有りません。既に2週間経過しました。

更にMediaを通して知らされる福島原発事故は、1~4号機まで全て、
全く予断を許さない状況が続いて居ます。

元より知識不足の我が身なれば、TV放映による状況説明も時系列を余程
頭に入れて判断せねば状況も分からず、必然的にNegativeな思考に陥ります。

今回の大震災に際し、本当に細やかながら@nifty Web 募金をしたくらい。

災害地へ応援に行く力もなく、身体に似合わず肝っ玉も小さいジィ~ジは
身を処す術も持ち合わせず、TV情報でオタオタ。暫し現実から逃避。

3月17日(木) 晴
何時もの通り、簡単なお昼を終えて稲島登山口へ。
流石に駐車場も数台でまばら・・・

14時17分 稲島登山口

P3170107                       稲島登山口

途中の四合目付近まで登山道には残雪は見られなかったものの、2日前に
雪が降り、残雪の上に新雪となって・・・
(灯油も無い、震災被災地もさぞかし寒かった事でしょう)
今年は異常に寒さがいつまでも残ります。

P3170110                        七合目手前

春陽を浴びて雪は白くキラキラと輝いています。

13時58分 角田山山頂

P3170111                     新雪積もった山頂

山頂標識にタッチして、直ぐにUターン下山です。P3170112                          不動明王

大災害なのに何も出来ないジィ~ジ。せめてせめて神仏に両手を併せ
犠牲者の方々のご冥福と事態の鎮静化を祈るだけしかできません。

P3170113_3                     古峰神社稲島分社

下山路のこの社でも合掌礼拝です。

14時32分 稲島登山口

大震災の諸々の事柄が歩いている最中にも浮かび、やはり気持ちは
落ち着かなかったジィ~ジです。

災いの鎮静化と春は一体 いつになれば!!!

  角田山 23-10 (完)    

       

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2011年3月23日 (水)

日記代わりのメモなれば

拙駄ブログ、こんな非常時に言い訳としか取れないかもしれませんが、
毎日日記を継続できない自分にとってのメモ “備忘録”です。

3月11日(金) 
昼前の北陸自動車道 敦賀付近通過、米原JC手前付近までは、時ならぬ
春の雪、それも相当な降り模様。既に普通タイヤに替えた車も多いらしく、
高速道もノロノロと渋滞発生。

それでも正午過ぎに多賀SAで船橋からの義弟夫婦の車と合流。
5人乗せた我が家の車と2台で、京都へ。

目的は、門徒なれば、一昨年亡くなった義母の本願寺廟への分骨納骨です。

予定通り、読教してもらい納骨完了。
折角なので車で西本願寺へ。
  P3110004 P3110003
(写真 左) 阿弥陀堂
(写真 右) 逆さいちょう 「水吹き銀杏」

境内を散策し終え、車に乗った途端、東北地方で大地震発生!!
大津波が押し寄せ、車なのも流されているというニュースが耳に。

しかし相当おおきな地震とは思われ、場合に寄れば老朽化した我が家も
なにか家財が散乱したかも…と気になるも、正直その時点では実感湧かず。
P3110007                    聖徳太子縁の 八坂五重塔

P3110009                         参寧坂
北政所ねねが子供誕生を念じて歩いたと言われる安産祈願の坂道。

予約した宿は、五条のホテルS。
チェックインして早速部屋のTVを点けて見れば、大津波の凄まじい状況が。
あまりの惨劇に現実とは思われないような…状況判断も出来ません。

夕食の次から次と出てくる美味しい京懐石料理。
離れた東北地方では大惨状。ちぐはぐな感じは覚えるも為す術有りません。

食事を終えて呆然と部屋でTVを見ているだけ。。。

3月12日(土) 晴
明け方、留守をしていた義弟の長男から新潟中越でも大きな揺れとTEL。
長野県栄村、新潟県十日町市 津南村ではそれぞれ震度6強 6弱。
幸い大きく揺れたようだが被害らしい被害はなかったとの連絡。

大地震のことが気になり、気持ちは落ち着かないものの如何にも仕様が無く
朝食終えて京都散策。

P3120015                   三十三間堂(蓮華王院)

全長118m 本堂中心に像高3mの千手観音坐像、その周りの1001体の
千手観音立像、そして何れも国宝の観音二十八部衆。
弓道の通し矢でも有名。  *ジィ~ジは半世紀前から、今回で三回目。

震災で亡くなられた方々のご冥福と、更なる被災拡大無きようにと念じながら
数珠を手にかけ拝観。

拝観中に外国に住む長男の嫁さんから安否を気遣って携帯に国際電話あり。
正直 嬉しく有り難く思った。

三十三間堂の次は道すがら 豊臣家滅亡のきっかけ 方広寺
  P3120021 P3120023
(写真 左) 方広寺梵鐘
(写真 右) 大仏殿石垣
方広寺の梵鐘は、初めてのジィ~ジです。
梵鐘の銘文から“国家安康”“君臣豊楽” よくもまぁあんな小さな字句を
見つけたものと驚かされます。(クリック拡大 白く囲まれています)

この梵鐘 高さ4.2m 外径2.8m 厚さ0.27m 重さ何と!82.7t
東大寺・知恩院と日本3大名鐘の一つ。

今回の京都 あくまで納骨が目的で特にどこの観光と言う明確な予定は
なかったのですが、未だ足を踏み入れたことが無かった比叡山だけは
是非とも行ってみたかったジィ~ジです。
ホテルをチェックアウトして比叡山延暦寺へ。
  P3120024 P3120025
(写真 左) 根本中堂へ
(写真 右) 比叡山延暦寺概要説明板
P3120026                       根本中堂

初めての比叡山根本中堂。
日本仏教の母山とも崇められる寺院。1200年を超える歴史の中で
ご本尊安置される石敷きの内陣で読教 修法する様子や、伝教大師最澄
灯され今日まで消えることなく輝き続ける『不滅の法灯』など目の当たりにし、
ある種、身震いするほどの感銘を受けたジィ~ジです。

比叡山延暦寺から次に向かった寺院は 大原三千院
(*平成8年以来2度目)                      境内の石仏

P3120031

P3120037                 阿弥陀三尊祀られる往生極楽院

阿弥陀三尊と極楽浄土の様子が表現されています。(撮影不可)

大原三千院を後にして次に向かったのは。P3120040                 西田幾多郎先生 思索の道

その先に 慈照寺(銀閣寺)  *3度目

P3120045                         銀閣寺
  P3120042 P3120046
(写真 左) 境内の庭
(写真 右) 国宝 “東求堂”
P3120059                   慈照寺(銀閣寺)全容 

徐々に夕やみ迫る。
今回は当初の予定で京都の風情を感じたく2泊目は敢えて、ホテル泊でなく
片泊まりの宿を選定。場所は法然上人縁の吉水 (円山公園近く)

夕食を取るべく、円山公園から高台寺 ねねの道 また祇園周辺散策。

P3120071                 夕やみの八坂の塔と京都タワー

  P3120078 P3120084
(写真 左) 八坂神社舞台 祇園舞妓さんお手踊り
(写真 右) 八坂神社

京都のおばんざいで少々のアルコールも頂くが、大震災のこと、更に
関連しての原発事故、一方では自分もそうであるが、周囲は普段と何ら
変わらぬ様子。何もなすこと出来ないが酒の酔いも回らず、気もそぞろの
感は否めない。

3月13日(日)
この日は、新潟へ戻る日。
早朝、朝食前に片泊まりの宿周辺散策。
宿から暫く歩けば、日本三大梵鐘 除夜の鐘でしばしば放映される巨大な
知恩院の大梵鐘。これほどまで大きな重量の鐘を如何にしてこの高台へ?

P3130091                浄土宗総本山 知恩院   *三度目

知恩院の山門から長い急な階段を下り、朝の祇園へ・・・ 祇園白川
  P3130098 P3130104
(写真 左) 祇園白川 芸妓舞妓立ち寄る辰巳大明神
(写真 右) 祇園白川 巽橋から

春は枝垂桜で有名な場所。

P3130096                   白川で水浴びるゴイサギ

P3130105                      祇園の朝の様子

早朝の散策を終え、片泊まりの宿で朝食を頂き、宿の前で解散。
船橋へ、我らは新潟へ。
ラジオで地震の様子を聞きながら、一路 新潟へ 新潟へ・・・

途中 尼御前SAでお昼を取り、4時前に長岡到着。
仏壇にお灯点けて、無事納骨終えたこと、震災で亡くなれた大勢の方々の
ご冥福を祈り合掌。

三日ぶりに自宅へ戻る。幸いにして我が家も地震の被害なし。
(被災された方々には申し訳ないものの正直 安堵)

        11日~13日 覚え書き (完)

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2011年3月20日 (日)

感謝・感謝 健闘を称え

7時のNHKニュースで、福島原発3号機の使用済み燃料プールに向け、
放水に携わられた東京消防庁の緊急消防援助隊の会見が放映された。

会見に臨まれた、3人の方の、状況説明、落ち着いた言葉から浅学菲才、
勉強不足のジィ~ジにも作業の様子が素直に理解ができました。 

あなた方は間違いなく ヒーロー です。

最後の質問に答え
「今は、ゆっくり眠りたい」 良くその気持ち解ります。
激務をしっかりと遂行された隊員の皆様には、次の任務まで暫しの間
ご自分の身体を労って頂きたいと思います。

この消防隊の会見と比較し、何度もTVに出てくる原子力保安院の説明、
そして事業主体の東京電力の説明の内容は殆ど理解不能のジィ~ジ。

原子力保安院も更に日本のLeadingCompanyである東京電力の社員の
皆さんは、それぞれに採用されておられるので、素晴らしい知能やスキルを
お持ちのことは否めません。

しかしTVで見る限り
保安院の説明を聞いて原発の現状を理解できる日本人は如何ほど?
ジィ~ジには説明責任を果たしている表現と失礼ながら思えない。

巨大企業東京電力の説明は
十八番の“想定外”そしてジィ~ジの僻み根性かもしれないが絶えず、
他人事のような状況説明としか取れ無いのです。

会見一例
「放水により一応の効果は見られた模様です。」

同じこと言うならその前に一言
「作業応援の皆様のご尽力で」とか付け加えるべきでは!

時間は元に戻りません。…たら …れば は無意味?。
そうは言うものの、地震発生時の初期対応や日頃の危機管理が全く
機能しなかった責任の存在は事実です。免れません。
東京電力は大半の社員の皆様には申しわけありませんが、体質的に
大企業病に侵されている代表かと思わされます。

口では申しわけないと言いながらも、何処か他人事に聞こえるのです。

ジィ~ジのような、知識不足の人間にも少しは理解できるようにして欲しい。

*過去 中越沖地震の時に問題発生し、その時も後処理の悪さが露呈、
その教訓も全く生かされてはいないのです。

震災関連の計画停電についても
国民の節電意識の向上や協力は勿論なれど、
電気・電力を与えてやっているのだ!と言う感じを受けるのはジィ~ジだけ?

難しい作業とは理解でき、計画停電中止に向けて懸命に努力されている
事は理解できるものの、やるせない気持ちが収まりません。

今回の大震災
政府の危機管理の欠如  それによる対応の稚拙さ
全世界に不安を与え、世界の環境問題や経済社会を混乱に陥らせた
現政府についてはcommentする気にもなりません。

情報化社会の現代においては事実を的確に解りやすく表現・説明する
重要性が問われるのではないでしょうか!?

迅速かつ正確で大概の人たちが理解できる情報が、発信されていれば
ガソリンやトイレットペーパー、米、日用品などの買いだめなど様々な
人心を惑わすような事態はもっと縮小されたのでは・・・・
*******************************  **********************

11日以来、日夜を問わず復旧作業に携わっておられる被災者の皆さん、
自衛隊ならびに消防署や行政の皆さん、Volunteerの皆さん。ご苦労様です。

追)
次から次へと問題発生。
今度は3号炉の原子炉格納容器内の圧力が増大に着き、作業中断。
懸命の努力にかかわらず事態好転の兆しはなかなか・・・
今度は安定した模様とか…

近づけないから人命尊重の上からも仕方がないかもしれないが
悪い言い方すれば、成り行き任せ?。。。。不安は増大します。

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2011年3月19日 (土)

東北地方太平洋沖地震

2013・3・11
 人は皆、この世に生ある限り忘れはしないだろう。

大震災から1週間経過しました。
被災された各地の皆様方には、心よりお見舞い申し上げます。
突然の災害で亡くなられた7,000人を超える方々に、心よりご冥福を
お祈りいたします。

まだ想像を絶する行方不明の方々の捜索や、懸命に復興に携わっておられる
関係の皆様方には、自らの身体も労っていただきたいと願うものです。

一方、諸外国の不信感が増大しているように、福島第一原発事故は、
懸命の努力はされているものの、未だ危険性は大きく孕んだままの状態。
一元化された正確な情報、そして迅速な発信がなされない、日本の国情を
露呈する結果となっています。

そんな中、ブログなぞ不謹慎、当然自粛すべきだと思われますが、
拙いブログを始めた動機は、日記は継続できないがせめてメモ程度に
残したい。併せて退化進む脳に刺激になるかな!人様に見て頂くためでは
無く、自分の備忘録のつもり。

薄れ行く記憶を辿りながら

3月10日(木) 晴
11日から相方の兄弟、姉妹夫婦と母親の分骨の為、京都へ・・・
暫く山歩きができないので、トレーニング代わりの角田山です。

稲島近くの仁箇堤脇の田圃の中に、一時留守にしていた“モモエちゃん”が。
  P3100005 P3100006
(写真 左) 仁箇筒脇、多くのカメラ愛好家
(写真 右) 繁殖期?羽色少し変わった“モモエちゃん”

11時20分 稲島登山口 駐車場
平日の為か?駐車の車は意外と少ない。(10台弱)P3100008                七合目手前  不動明王像

流石に、残雪も随分減りました。

12時2分-5分 角田山山頂P3100011                      角田山山頂

避難小屋【健養亭】覗いたら、丁度お昼、見知った顔が2,3人。
何時も逢う、近所のK女史もパンを・・・

空身の我らは挨拶して、すぐに下山。P3100012_2                   木洩れ日受けて下山

治療中の膝、悪化させないようにユックリ慎重に時間をかけて下ります。

四合目から下には、残雪殆ど見られません。

12時44分 稲島登山口P3100014_2                       稲島登山口

ジィ~ジの角田山 23-8   (完)

翌日の大震災、この世の誰が想像したことか!

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2011年3月11日 (金)

Xmasではないけれど

数年前、現在の新潟市秋葉区で購入した“クリスマスローズ”。

サッパリその後肥料もくれず、手入れせず、精々水だけ・・・(それも時折)

それでも健気に毎年咲いてくれます。
P3100001                     元気なさそう

P3100002                    色が変わってきた!?

今年は、少しは大事にしてやろう。

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2011年3月 9日 (水)

今年も参加、角田山△点8か所巡り

毎度毎度の“角田山”です。

角田山山塊には登山道及び周辺に2等から4等までの三角点が8か所点在。

(厳密に言えば、このほかに他に上堰潟近くの柿団地上部に1点、松郷屋運動公園脇に1点
そして五箇峠を越えた福井山に1点設置されている。)

ジィ~ジが所属する山の会では、1日でこの8か所の三角点をタッチしようと、
20年以上前からこの時期には半ば定番コースとして実施されているのです。

ジィ~ジもかれこれ、現在に至るまでこの企画に10回以上参加。
雪が残っている、全く残雪見られない、晴天、曇天、雨天、降雪 etc

今年も3月5日(土)に実施です。
リーダーは岳友 S・T氏 参加会員 男性10名 女性15名 計25名
ここ暫く天候不順続くも、幸いにしてこの日は晴れ模様。。

計画書による集合は8時なれど、参加者7時半には殆ど集合。

8時00分 角田浜海水浴場P
8時15分 宮前登山口
  P3050051 P3050053
(写真 左) 集合前の参加者の様子
(写真 右) 宮前コース登山口

例年とは、逆回り。昨年までは灯台からのスタート。
R402横断して、妙光寺脇道から宮前コース登山口へ。

8時20分ー8時23分 宮前△点 
  3等 45m N37°48′3″E138°50′22″
  
P3050055 P3050056
(写真 左) 宮前△点  この日最初の三角点
(写真 右) 隊列整え前進する参加者

9時12分ー9時14分 宮の平△点 
  4等 347m N37°48′3″E138°50′22″
  P3050058 P3050060
(写真 左) 平らなピークの中央に宮の平△点 この日2番目
(写真 右) 山頂手前から急峻な道に・・・

宮の平△点からピークから一旦下りに、そして山頂への狭隘、急傾斜の
残雪が凍結した登山道を注意しながら登ります。
(角田山と言って馬鹿に出来ない箇所です)

9時45分ー9時50分 角田山山頂△点
  処置保留 481.7m N37°46′50″E138°50′10″P3050062                    雪に隠れている山頂△点

△点は踏み固められ凍結した数十センチの雪の下。 この日3番目
スコップで掘り起こそうとするも固くて断念。

*但し この三角点標柱が決壊 国土地理院1/25000地形図にも
処置保留として現在は、記載されていません。

少し寒さ感ずるも、久しぶりに青い空も見られ、時折陽射しが・・・

P3050063               陽射しを浴びて残雪に樹木のシルエット

山頂からは、福井集落「ホタルの里コース」を目指します。
山頂直下の急坂を注意して下り、「五輪石コース」分岐を分け。アップダウンを
繰り返しながら「山の神コース」を脇目に、福井を目指します。途中!

P3050064                                   今年初めて コシノカンアオイ

10時23分ー10時30分 福井△点
4等 239.3m N37°46′5″E138°50′27″
  
P3050067 P3050068
(写真 左) 福井△点     この日4番目
(写真 右) △点確認や小腹を満たして一寸休憩

ここからは、往路を戻り、再び山頂を目指します。
山頂手前の急登、皆さん頑張って誰一人遅れる人も有りません。
P3050070                   山頂広場前進する皆さん

11時25分ー12時15分 向陽観音△点
2等 445.5m N37°46′47″E138°50′30″
  P3050072 P3050073
(写真 左) 向陽観音 雪の下の三角点 この日5番目
(写真 右) 参加者紹介のリーダー

雪上に尻当て敷いてゆっくりとお昼です。
美女軍団から自慢の手料理が飛び交い、回ってくる我が会特有の様子。
お昼を終えて、再度出発する前にTリーダーから参加者25名一人一人の
軽妙洒脱な紹介がされます。会員同士の認識と絆を深める貴重な時間です。

12時44分 灯台コース 五箇峠コース 分岐P3050074                    灯台コース分岐点
我らは、ここから緩く、長い下りで五箇峠コースを下ります。

13時03分ー13時05分 五箇△点
3等 305.6m N37°46′17″E138°49′29″
  P3050075 P3050076
(写真 左) 五箇△点  この日6番目
(写真 右) 五箇コースを登り返す我が仲間
五箇の△点は、峠登山口に程近い地点まで下り、道の脇の小さなピークに。

再び、ここからは元来た道の登り返し(約30分)です。
13時38分 灯台コース、五箇峠コース分岐
灯台コースを一寸下れば、左折で、別尾根、小浜コースへ向かいます。

13時50分ー14時00分 小浜△点
4等 354.8m N37°46′52″E138°49′27″
  P3050080 P3050081
(写真 左) 小浜△点    この日7番目
(写真 右) 三角点のお勉強する参加者 講師はtannpopo氏

先日2/19 雪の角田で地図で確認して大凡の検討をつけていた地点とは
30メートルほどの誤差有り。(勉強不足 反省)

P3050083                   急登の道下る参加者

P3050086                      氷瀑つけた山肌

このコース、海に向かってガンガン下り、殆ど越後・七浦シーサイドライン近くまで。
でも最後の一か所は!! 

P3050087                    対面の灯台コース
ここを一気に! 立ちふさがるの壁のような山肌を縫って灯台コースへ
登り返しが待ってます。
最低鞍部の小さな沢の先で心優しいリーダーは、一息付けてくれます。

最後の最後の難関に立ち向かう我らです。それでも目を転ずれば
  P3050088 P3050091
(写真 左) 黄色い花開くナニワズ
(写真 右) 椿の花

キツネのカミソリの葉の群落もそこ彼処に見られます。

息切らしてやっとこさ!灯台コース稜線に辿りつきます。最後の1か所は
すぐ先のピークです。

15時05分 灯台(角田岬)△点
4等 156.3m N37°47′28″E138°49′14″
  P3050095 P3050096
(写真 左) 灯台コース稜線 最後の三角点は先のピークに
(写真 右) 灯台△点  この日最後8番目

角田山△点8か所巡り、完了です。
ここからは佐渡を眺めて灯台へ向かうだけです。

ところが!!ここでAccident発生。
参加者の一人の女性が疲労が原因か?倒れこみます。

勿論 回りの女性が声をかけたり、寒さを防いだり介抱に努めます。
20分ほどで幸い事なきを得たものの、我ら中高年日頃の体調・健康管理が
欠かせないものと痛感させられます。

せめてもの救いは転倒・遭難事故では無かったことです。

P3050102                       角田浜と佐渡島

角田山で休憩入れて、約8時間 あっちのコース、このコース歩き通し
ジィ~ジ今年の山歩き、一つのバロメーターになったかも。。。。

              角田山△点8か所めぐり (完)

PS   ジィ~ジ 角田山 23-7。

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2011年3月 6日 (日)

一応 山歩き2月の纏め

ここ1週間、戻り寒波で春到来一歩足踏み状態の新潟です。

雛祭も過ぎた現在、ジィ~ジの山歩き 2月の纏めです。

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 ① 兎のトレースに導かれ 国上山 2月1日(火) 記事は⇒コチラ
  P2010074_2 P2010079

 ② 厳しさ味わった 菱ヶ岳    2月5日(土) 記事は⇒コチラ 

  P2050003 P2050013 

 ③ 飯豊連峰展望  五頭山本峰 2月16日(水)  記事は⇒コチラ 
P1020626

 ④ たかが、されど  角田山 2月19日(土)  記事は⇒コチラ 
  P1020644 P1020654

 ⑤ 青空とモンスター 蔵王・地蔵岳 2月21日(月) 記事は⇒コチラ
  P10206731 P10207011

 ⑥ 今年2度目  弥彦山     2月23日(水)  記事は⇒コチラ
  P2230013 P2230016_2 

 ⑦ 予報は予報 村松白山   2月26日(土)  記事は⇒コチラ  
  P2260033_3 P2260039

  ...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。...。  

以上 トレーニング・体調維持管理を兼ねたジィ~ジの山歩き
2月は7回です。
今年は近年稀なる積雪を招いた越後の山、未だ残雪多量に残しています。
春の妖精たちもまだジッと我慢の子を決め込んでいます。
雪山の厳しさも少々味わったジィ~ジですが、快晴の空のもと圧巻は
岩手 秋田の山そして飯豊・朝日・吾妻の峰々と巨大なスノーモンスター。

平成23年 累計 15回 15日 (内 角田山6回 弥彦山2回) 目標80日

下りになると曲がらない劣化治療中の膝抱え、3月も自分なりにガンバ!

                     日記代わり覚書 2月まとめ  (完)

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2011年3月 3日 (木)

予報信じて 村松白山

「明日は、お昼頃にかけて段々陽が射してくるでしょう」民放の天気予報です。

2月26日(土) 曇

天気予報を信じて久しぶりに越後白山(五泉市村松)1012.4m、同行は相方。

自宅を出た時には空は曇り空、、おまけに運転最中に一寸考え事をしていて
途中の分岐を見逃し、黄金の里大駐車場には、何時もより20分ほどロス。

土曜日でもあり、相当入山あるだろうと予測するも、僅か4,5台。

9時15分 黄金の里 大駐車場
9時23分 慈光寺
  P2260026 P2260027
(写真 左) 慈光寺参道杉古木進む相方
(写真 右) 越後四道場 古刹 慈光寺山門
排気ガスによる杉並木への悪影響を考慮し、車を大駐車場に止めて出発。
P2260049                       沢に架かる橋
まだ多くの雪が残り、さらに数日前から新たな雪も積もり、細いトレースだけで
一寸歩きづらい。
沢に架かる橋もスノーブリッジ状態で、余所見は出来ません。

9時34分 一合目
一合目から、途端に急登が始まります。このコース三合目~四合目、
そして九合目から山頂小屋以外は、急登の連続です。
のっけから足場も悪く、苦しい登りが続きます。
P2260028                 急登の始まり(見た目より急)
傾斜勾配30度以上の今の時期、足場の悪い登山道喘ぎながら約30分格闘。

10時06分 三合目
息絶え絶えに頑張り、何とか古い大杉が迎えて呉れる三合目。
ここで水分補給。ガブガブと一気に水を流し込むジィ~ジです。
三合目からは、雪で足を取られるも、暫くは緩登が続きます。
お天気は、一瞬陽が射すような気配有るもすぐに風が雲を運んできます。
P2260031                      六合目付近

先週の暖気や、このところの降雪で、雪庇に割れが入ったり、通行に要注意。

10時50分 七合目
七合目までも、更に先の八合目までも辛い登りの連続です。
予報は予報? さっぱり空には明かり指す傾向が見えません。
寧ろ、時折粉雪舞い散り、冷たい風が頬を打ちます。
八合目からは吹曝し、ガス帯びた冷たい強い風が・・・・
P2260033               視界不良の中、漸く避難小屋が眼前に

11時35分ー12時08分

P2260035                      白山避難小屋
避難小屋看板の下にホントは扉が有るのですが、今はすっぽり雪の中。
出入りは、2Fの避難扉です。
天気が良ければ、小屋の裏側に粟が岳も見えるはずですが、無論 ガス。

小屋の中には2階に二人、階下にも二、三人。
お湯とコンビニ調達の菓子パン、サラダ巻寿司だけのいつもの簡単昼食。
それでも、先客のコンロや風が直接当たらないので、寒さは一時凌げます。

下りには同じところ下るより田村線をと、考えたものの、この日はトレースも
殆ど見当たらず、視界もないので飯豊連峰見ることも当然できません。
頂上から九合目八合目、そして五合目先に一寸急な危険個所も有り、
条件あまり芳しからず。往路を戻ることに・・・
12時10分 白山避難小屋

P2260036                     視界不良山頂方面
P2260037                  春山と言うより冬山の様相

山頂からは、丁寧にPoint Pointにルート旗が建てられ助かります。
P2260039_2                   山頂は迷いやすい場所

治療中のポンコツ我が膝、痛みはほとんど感じませんが下りは膝があまり
曲がらない。素早い動作が出来ません。以前より下りに時間が懸ります。

12時30分 七合目

P2260041                  雪庇張り出す七合目標識

13時00分 三合目
三合目から一合目までは、気が抜けない下り道。慎重に慎重を重ねて・・

P2260045                  この辺りはまだ余裕

13時24分 一合目P2260047                   一合目脇の小さな沢

いつになれば春がやってくるのだろう? 今年は多雪な年となりました。

慈光寺山門から、合掌するジィ~ジです。
P2260050            雪で押され前のめりになった石仏直そうとする相方。

天気予報は大幅に外れたものの、予報は予報!

村松白山 少し厳しさ味わったジィ~ジと相方です。

                  この項 おしまい

 

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2011年3月 1日 (火)

晴日の弥彦山

前日の天気予報でも晴、ここ暫く珍しくも快晴が続くジィ~ジ住む新潟市。
扨て、何処へ行こうか!越後白山にしようか!まぁ起きてから 

2月23日(水) 晴 
予報通り、朝から晴れ間が拡がっています。
前夜は、越後白山にしようか なんて言っていたのに何の準備もしておらず、
ダラダラと時間だけが経過。少しずつTension 

そんじゃぁ何時もの通り <角田山>  4日前に行ってきたばかりだしなぁ~

でもって、結論は。。。。

P2230001                   TVアンテナ林立の山頂

3月末まで閉鎖中の“弥彦スカイライン”ですが途中まで入れるだろう。
出来れば八枚沢コースから登って見たい。と向かってみたものの確かに
雪の中、一車線分だけ轍が見られます。大丈夫だろうと前進するジィ~ジ。
心配性の相方から「車を返す場所が無かったら、どうするのよ!」
相方を苛立ててもあまり得なことは有りません。曲がりくねった雪道をバック。

従って今年二度目の 弥彦山 メインの表参道コースからのスタートです。

9時45分 表参道登山口
  P2230002 P2230003
(写真 左) 弥彦神社境内杉木立の中の登山口
(写真 右) 四合目付近行く相方

登山道に雪が見られるのは二合目付近から、暖気で少し緩んだ所為か?
ザラ着いた雪が足に少し負担を与えています。

恐らく新潟一の登山者 ハイカーを集める山、中には既に降りてくる人も
相変わらず大勢の人と交錯します。
P2230005                       五合目付近

小規模雪崩が起きそうな場所です。

10時32分 七合目 水場
1月に来たときは水飲み場もしっかり出ていたのに今回は、雪ン中。P2230007_3                       雪で覆われた水場

10時44分 九合目
  P2230011 P2230012
(写真 左) 九合目設置広域案内板
(写真 右) 弥彦神社奥の院、山頂に向かう参道

10時56分ー11時14分 弥彦山山頂
  P2230013 P2230014
(写真 左) 弥彦山山頂
(写真 右) 最奥に良寛禅師と縁深い国上山

貧乏であまり衣類を持たない我ら、シャツ1枚。日本海から吹き付ける風で
矢張り寒さ覚えます。
弥彦神社御神廟脇の風の当たらない場所で腰下ろし、インスタント煎茶と
コンビニ調達の超簡単ランチ。
食べ終われば、ことさら話もなくさっさと下山です。
  P2230015 P2230016
(写真 左) 蒲原平野の遥か先、春霞の飯豊連峰
(写真 右) 対峙する新潟市最高峰 多寶山 バックは角田山

弥彦神社御神廟、山頂周辺はまだ1mほどの雪が積もっています。
  P2230018                     下山開始の相方

往路を只管、忠実に辿ります。登ってくるハイカー続々と…P2230020                  縦横に張られたロープ

一部、今の時期荒れた場所も見受けられますが、地元弥彦山岳会の方?
縦横に危険防止でロープが張り巡らされています。
  P2230021 P2230023
(写真 左) 五合目付近下る相方
(写真 右) 登山口へ戻る相方

空は雲一つない快晴 気持ちも晴れます。

12時15分 表参道登山口
治療中の膝を抱え、無理せず下るジィ~ジ。途中走り抜けるハイカー何人にも
追い越されながらも登山口へ到着です。
P2230024                      青空と杉木立

今年2度目の弥彦山 清々しさを十分に味わったジィ~ジです。

家へ帰る途中、岩室温泉の菓子舗 角屋に立ち寄り、和菓子 金鍔購入。
両刀遣いのジィ~ジは餅や小豆菓子結構好きなのです。

家へ戻り、3時にはお茶と一緒に頂いたジィ~ジです。

                            お終い

 

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