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2005年9月30日 (金)

新潟市内の魅力と歴史探訪Part1

つづき

明治・大正と未だ一般に時計が普及していない時代の新潟では、大砲で空砲を撃ち、市民に正午を知らせていた。それは明治6年から大正13年の間の52年間続いた。
その音は、風向きにより、現在の新発田市辺りまで聞こえたと言う。

明治6年6月15日 和暦から新暦に改められたのを機に、それは寄居砂山に、六角形の白い番小屋と共に据えられた。
(旧・新潟大学理学部跡) 当時は、車輪付ではなかった。

明治39年八木朋直氏により、新たな車輪付大砲が寄贈された。

大正8年寄居砂山に新潟高等学校(現。新潟大学)が建設されることになり、 それに伴い、現在の日和山に移された。

大正10年頃、あまりの音の大きさで、近くに出来た二葉中学校の授業の妨げになる。…との理由により、向きを海側に、以降大正13年まで設置されていた。

初代 2代の2台の大砲は昭和18年頃まで、保管されていたが、戦争中に姿を消した。

    以上  新潟市公園水辺課作成 ドン山由来看板より

新潟市民の大概の方、ご存知、新潟市西海岸日和山【ドン山】です。

 この大砲は、昭和63年頃、復元され、設置されました。

        製作は T山県T岡市

たまには、黒松林の中を散策し、気持の良い、爽やかな潮風にあたり、そして、往時を偲びませんか…_012 _007

                                                      

  

つづく
ド~ン!!!

   

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コメント

”半ドン”の語源は、正午にドンを慣らしたことからと聞いたことがあります。
もっとも、オランダ語のドンタク(休日)の半分というところからという説もあるようで・・。
もう一度、”ド~ン”を合図に飯にするかという、のどかな日常になれば面白いですね。 面白くもないかな?(笑い)

投稿: 山いろいろ | 2005年10月 2日 (日) 17:40

もうぞうさま
お早うございます。毎度有難うございます。
全く独自性の無い記事で恐縮です。
この先も、少し続けさせて貰う積りですので、宜しく!
この辺り、時間が有ればお立ち寄り下さい。
新潟の海岸どんどん様子が変わってきました。

投稿: 輝ジィ~ジ | 2005年10月 1日 (土) 06:54

知りませんでしたね。
さすがですね!ドン山という名称くらいは聞いたことありますが・・・
復元とは言え、こんな大砲?が展示してあるとは・・・
まだまだ続くもでしょうか?
楽しみです。

投稿: もうぞう | 2005年10月 1日 (土) 05:46

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